暑い夏の日に<しんせつ作文コンクール:静岡教育長賞、全国八選>

静岡大学教育学部附属浜松中学校 一年 壬生遥乃

今年の夏は暑かった。
体中の水分が沸っとうしてしまうのではないかと不安になるほどに。

私の住む地域は、七月にお盆を行う。
このうだるような暑さの中、大人は盆供参りに奔走する。
その時と同じくして、私と妹は、母の運転する車に乗っていた。
八月中旬に行われるピアノ発表会前の特別レッスンに向かうためだ。
窓から入る真っ赤な空気が、私の心をドロドロにした。
私が、フーッとため息をついた時、キキーという音と共に、私と妹のお腹にシートベルトが食いこんだ。
すると今度は、グルンと体が大きく回ったかと思うと、母は、通り過ぎたばかりの薬局の駐車場へと車を移動させた。

「これで、スポーツドリンクとストローを買ってきて。お母さんをハンカチをぬらしくてるから。」

そう早口でいうと、母は、私と妹に千円札を握らせた。
母のひょう変に戸惑いながらも、異変を感じた私と妹は、母が方向転換をした辺りに視線を向けた。
すると、縁石に日傘をさしたおばあさんがうなだれているのが目に飛び込んだ。
私は、胸がバクンとした。
妹を見ると、唇を青くし真剣なまなざしで私を凝視していた。
私たちは、目を合わせると何かにはじかれたようにハッとし、店へと走った。
こんなにも店は広かったか。
行けども行けども、飲料コーナーにたどり着かない。
やっとの思いで、スポーツドリンクとストローを購入し、おばあさんの所へ急いだ。
そこにはもう母がいて、車から持ってきたうちわでおばあさんをあおぎ、ぬらしたハンカチで首すじを冷やしてあげていた。
私は、ぐっと力を込めてペットボトルを開けると、待ちかまえていた妹がストローをさし、母に渡した。
母は「ありがとう。」と受け取ると、おばあさんの口元へストローを近づけた。
すーっと、底に穴が開いているかのように、ペットボトルが空になった。

「ありがとうございました。持ってきたお茶がなくなったのですが、バスが間に合わなくなってしまうので買わなかったんです。そうしたら急にめまいがして、動けなくなってしまったの。」

おばあさんは、ぐっとペットボトルを握って何度も頭を下げた。
私たち三人は、おばあさんの声を聞き、同時にドスンとお尻をついた。
道行く人が、歩道に座り込む私たちに四人にけげんな視線を送っては通り過ぎて行ったが、私たちは誰一人、気にも留めなかった。

母の運転する車は、親友の盆供参りに来たおばあさんを乗せ、ぐんぐん山道を登って行く。
どんどん遠ざかる音楽教室に心で手を振りながら窓を開けると、緑色の風が私の心を満たした。